東京地方裁判所 平成2年(ワ)6597号 判決 1991年8月09日
原告 堀場順子
右訴訟代理人弁護士 渡邉栄子
被告 堀場タミヨ
被告 堀場英一
右訴訟代理人弁護士 井田邦弘
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一、請求
別紙物件目録の不動産(以下「本件不動産」という)を競売に付し、その売得金を原告一〇分の四、被告堀場タミヨ(以下「被告タミヨ」という)一〇分の二、被告堀場英一(以下「被告英一」という)一〇分の四の割合にて分割する。
第二、事案の概要
一、争いのない事実
1. 本件不動産は、もと原告と被告英一の父であり被告タミヨの夫である堀場延司(以下「延司」という)の所有であったが、昭和六二年五月六日、延司が死亡したため、原告と被告両名が共同相続した遺産の一部である(争いがない。)。
2. 昭和六二年九月、原告と被告両名との間で、本件不動産を含む延司の遺産について遺産分割の協議が成立し、本件不動産については、原告と被告英一の各持分割合を各一〇分の四、被告タミヨの持分割合を各一〇分の二として共有することとされた。
3. 本件不動産中の土地の上には、本件不動産中の建物がほぼ敷地一杯に建てられており、本件不動産中の建物には被告両名の他に数名の賃借人が居住している。
二、争点
当初は、遺産分割協議書が存在し、且つそれに基づく相続登記がなされているにもかかわらず、被告は、遺産分割協議の成立を争い、又仮に遺産分割協議が成立したとしても要素の錯誤により無効であると主張したが、これらの点に関する証拠調べが完了するに及んで、従来の主張を撤回して、遺産分割協議の有効な成立を認めた。残る唯一の争点は、原告の本件共有物分割請求が権利の濫用として許されないかどうかである。
第三、争点に対する判断
本件の証拠調べは主として、遺産分割協議の成否と錯誤の有無をめぐって行われたが、<証拠>によって認められる事実は凡そ次のとおりである。
一、本件不動産中の土地(以下「本件土地」という。)はもともと延司の養親の遺産であったが、昭和二四年に延司が相続により取得した。それ以前から延司と被告タミヨ(大正七年生)の夫婦と養親一家が本件土地上の旧建物に居住して室内装飾業を営んでいた。延司は、昭和五二年に旧建物を取り壊し、本件土地上に本件不動産中の建物(以下「本件建物」という。)を建築して、その内の延司一家居住部分を除く部分を賃貸して家賃収入を取得するようになり、室内装飾業を廃業した。被告英一(昭和二四年生)と原告(昭和二六年生)の兄妹も本件土地上の旧建物にて成長した。
二、延司の遺産の主たるものは本件不動産であって、その他には銀行預金等が二〇〇万円弱の他にはさしたるものはなく、かえって家賃収入等を以て返済することが予定されていた銀行借入金等の負債が合計三〇〇〇万円余あった。延司死亡当時、本件不動産には被告タミヨと原告が居住し、小中学校の音楽教諭である被告英一は別居していた。本件不動産の被告タミヨと原告の居住部分以外は数名に賃貸されていて、家賃収入は借金返済の他には被告タミヨらの生活費に充てられていた。なお原告は会社勤めをしていた。
三、被告らは、延司の遺産の相続税の申告に先立ち、昭和六二年七月頃、延司の生前からの二〇年来の関与税理士であった泉三宏(以下「泉税理士」という。)の事務所において、泉税理士の忠告を受けつつ遺産分割の方法について相談したが、その席上、泉税理士から原被告らに対し、将来被告タミヨについても相続が発生することになることを考えると、同被告の本件不動産についての取得分を法定相続分のとおりとすることは得策ではないが、さりとて同被告の持分を零とすることも、同被告の老後の生活の質を考えると相当でないことなどの忠告がなされ、結局、これらの点も配慮した泉税理士の提案を待つこととした。その後暫くして泉税理士から被告タミヨに電話があり、甲五号証の遺産分割協議書記載のとおりに遺産分割することの案が提示され、被告タミヨから原告と被告英一に泉税理士の案が伝えられた。原告と被告両名は泉税理士の提案のとおりに協議を成立させることに合意し、その結果、本件不動産については、原告と被告英一の各持分割合を各一〇分の四、被告タミヨの持分割合を一〇分の二として共有することとされた。
四、被告タミヨの共有持分割合を法定相続分よりも殊更に少なくしたのは、被告タミヨについて相続が開始した場合のことを考慮したためであった。とすると原告と被告両名は、被告タミヨが本件不動産において余生をおくることを当然の前提として、本件の遺産分割協議を成立させたのであった。又原告と被告らは、本件不動産からの家賃収入は、借金の返済に充てる他その一部を被告タミヨの老後の糧とすることも予定していたとも推認できる。
五、原告は、平成元年三月に本件不動産から練馬区内のアパートに転居し、それに代わって、被告英一が同年一一月から本件不動産にて被告タミヨと同居している。本件建物は現に九名に賃貸されており、昭和六三年度の本件建物からの家賃収入(ローン利息も含む経費を差し引いた残額)の共有持分割合に応じた原告に対する分配額は年額金二七二万四八一二円であって(甲九1・2、甲一二1)、ローン元本の年間返済額の四〇パーセント相当額は金六四万九八七七円(甲一二1記載の月賦返済額二二万八一一五円に一二を乗じた二七三万七三八〇円から甲九2記載の利息額一一一万二六八九円を差し引いた残額)であるから、これを差し引いた原告に対する分配額は年額金二〇七万四九三五円であった。家賃収入等は原告が本件建物に居住していた頃は原告が管理し、現在は被告らが管理しているが、被告両名は家賃分配金を原告に交付する意思のあることを表明している。
六、本件建物は敷地である本件土地一杯に建築されているから、現物分配は不可能であり、裁判により共有物分割を実施するとすれば、競売を命ずる他はなく、その場合には被告タミヨは本件不動産から退去しなければならず、七三歳の被告タミヨはその住むべき家を失うこととなりかねない。
七、一方原告は未だ若く労働能力を有しており現に働いて賃金を得ているから、これに家賃収入分配金が加われば経済的にはゆとりある生活を享受することが可能である。それにもかかわらず、被告タミヨを亡夫の遺産から退去させてまで、直ちに本件不動産を競売してその売得金を配分しなければならない必要性はどこにも見当たらない。
以上の諸事情を勘案するときは原告の本訴請求は権利の濫用として許されない。
(裁判官 高木新二郎)
<以下省略>